塩鮭が増える魔法のタッパー

その他

 僕は普段現場に配達される弁当を食べている。毎朝7時前に家を出て、帰宅は夜中になるため自分でお弁当を作る気力がわかないのだ。味はお世辞にもすごく美味しいわけではないが、文句を言える立場ではないため何も考えずにそれを選んでいる。たまに、から揚げやハンバーグの時は少しだけテンションが上がる。

しかし、こんなに文句を言っているのだが、一日三食の中で弁当が一番バランスの良い食事メニューなのも否定できない。朝はパックごはんとスーパーの総菜か、もしくはレトルトのカレーなど。夜はすき家やラーメンなどの外食。おのずとメニューも限られてくる。

それに引き換え、昼に食べている弁当は毎日違うメニューどころか、毎日現場まで運んでもらっているのだ。これに味がどうたらなど、口が裂けても言えないのが分かってくれるだろう。

しかし、こんな生活をしているのに幸いなことに健康診断は今のところオールAを維持している。強いて言うなら、近視が強いのが不安要素なぐらいだ。しかもこう見えて休みの日は、結構健康には気を使っている。たまに、なんでこんなに健康に気を使っているのだろうと考えるのだが、ついこの前ちょっと報われたのだ。

僕ももう30を超える年齢になり、生命保険に入らないといけないなと考えていた時に、健康診断の結果の提出を求められた。そこでしまってある場所は分かっているはずなのに、「いやー、そんなの捨てたような気がするけどなぁ」と少し時間をかけて、書類をもってくる。

どや顔しないように、あくまでも、「結果なんぞ全く見てませんけどね」 といった状態を装う。そして、「A判定ですね、心配いらないですね」 といった言葉を聞くと、得も言われぬような快感を感じ、「あぁ、自分が今まで頑張ってきたのはこのためだったのか」と、強く思うのだった。

 ごくたまにだが、普通のサラリーマンのように朝から電車に揺られ、会社に通うこともある。そんな時は、「たまの内勤ぐらい、お昼はどこかにランチに行きたいな。」 と思い、よく外食をするのだが、これが意外と高い。毎日通っていたらすぐにエンゲル係数が爆上げしてしまうのだ。

どうしたものかと考えていると、「あ、弁当作ればいいじゃん」 と、こうなった。自分で弁当を作れば安い、美味い、そして早い。そうと決まればさっそく会社帰りに近所のイオンへ行き、タッパーを二つ購入し、おかずは塩鮭が三切れ入っているものを選んだ。

帰宅すると、塩鮭を三切れ一気に焼き、買ってきたタッパーに適当に入れ、冷凍庫に入れた。次の日はもう一つのタッパーにパックごはんを二つ分と凍った鮭を一切れ入れる。しかし、適当に入れたせいで鮭どうしが張り付いている。朝から非常に困ったものだ。

朝というのは、どんなに時間があってもめんどくさいことがあると「ちっ、そんな暇今ないんだって!」と切れてしまうのもだ。僕も例外なく、切れ気味に弁当を作り余裕をもって出勤する。

そして、次の日も朝も同じように「あぁ、そんな暇ないから!」 と、鮭をはがし弁当に入れる。昨日夜やっておけばいいものなのだが、そんなこと仕事帰りにやりたくないのだ。

三日目の朝は昨日までと違い、イラつかなくてもいい。なぜなら、鮭を三切れしか買ってないので今日は弁当に入れるだけなのだ。そう思いながら、冷凍しているタッパーを開けると、ふと、違和感を感じた。

鮭の残りが、一切れ半残っているのだ。ほんとなら今日の弁当で鮭はなくなり、また買いに行かなければいけないのだが、半身余分に残っているのだ。「はて、張り付いているのを剝がしたときに、身が崩れたのかな」 と、考えたが昨日、一昨日を思い出してみてもそんなことはなく、切れいな形を保っていた気がする。

少し、疑問に思いつつ、明日の弁当用に半身残してもしょうがないため、三日目は鮭が一切れ半入った贅沢な弁当を食べた。その日の夕方、また近所のイオンに行き、今度は五切れ入った塩鮭を買った。そして前回と同じように一度に全部焼いて、タッパーに適当にぶち込んで冷凍したのだった。

次の日の朝も、前回と同じようにイラつきながら鮭を剥がし弁当を作って会社に行き帰宅する。しかし、四日目に違和感に気づいた。「鮭がなんか多い」 確実に、今日と明日の二日で無くなる量ではない気がする。何かがおかしい。でもそんなことにかまっていられないのでそのまま仕事に行った。

五日目の朝、昨日のことなど忘れてタッパーを開け鮭を取り出す。残りは何もないはずなのだが、間違いなく、そして確実に一切れ分の鮭が中に残っているのだ。四日間分のかけらが、そこに残っているのではないのだ。それなら僕も納得できる。でも違うのだ。そこにあるのは、ほぼ、原形をとどめた少し形の崩れた鮭の切り身、一切れ分なのだ。

今何が起こているのか、会社へ向かう電車の中で。冷静に考え、考察し、そして導き出した答えが【魔法のタッパー】 だった。そうじゃなければ説明がつかない。そう結論付けた僕は、一気に周りの音が聞こえなくなり、自分の背中を伝う汗の感覚だけが、異様に強く痛いくらいに感じられた。

これはとんでもないものを手に入れてしまったのだ。世の中の理から外れたとてつもない【魔法のタッパー】なのだ。いや、鮭を無限に生み出すことができる、錬金術なのかもしれない。二つ名をつけるとするならば、そうだな、銀鮭の錬金術師。随分と重苦しい二つ名なことだ。

大いなる力には、大いなる責任が伴う。口から糸が出そうなくらいのプレシャーを感じるも、この力を悪に渡すわけにはいかない。僕はこの【魔法のタッパー】が自分を選んだことを重く受け止め、そして、世の中に役立つすべを一日中仕事もせずに考えた。

そして、出した答えが、金儲けに使うことだ。五切れで一切れ分余る、十切れなら、二切れ。100なら、20。なんと、儲かるうまい話なのか。しかも、鮭だけではなく、違うものも効果があるかもしれない。

株で言えば年間の利益率が10%を超えれば御の字なのが、この魔法のタッパーは20%なのだ。恐ろしいことだ。軌道に乗れば仕事を辞めて、いや、もう今すぐにでも辞めて本腰を入れるべきか。

だが、まずは検証をしなければいけない、次は十切れではどうなのか、塩サバだとどうなのか、検証するには時間がいっぱい欲しい。そんなことを考えていては仕事など手がつかない。

今日は五時ダッシュしよう。そう考えていると「ちょっといいか」 そう声を掛けられ、上司の下へ行くと「明日から現場へ行ってくれ」 と、言われた。

あれ以来、検証はできていない。何なら、二つ買ったタッパーのうち、一つがいつの間にか行方不明になっている。こうなるとやはりあれは大いなる力だったのかもしれないと、ほんとに思えてきた。いつかまた、現場が暇になり、自分で弁当を作り、電車で会社に行くことがあればまた検証してみたいと思っている。

その結果をここで報告するかどうかはまだ決めかねているが、恐らくしないだろう。しかしこの先、鮭関連で有名人が出てきたら、それは僕かもしれない。

大いなる力には、大いなる責任が伴う。 二つ名は銀鮭の錬金術師かな。いや、塩鮭王子も悪くない。

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